« 今日1万回アクセス達成。感謝、感謝! | トップページ |  博物館のHOT最前線2012の第2回に参加して »

2012年6月27日 (水)

再び「親真」銘文について

今日の福井新聞に、越前町織田文化歴史館の館報第7号で「親真」の墓石を「親尊(ちかたか。管理人の文字パレットではこの字体はみつからず【尊】としておく)」の墓石に修正したという記事が載っていた。

そして、最終報告として「系図を作成する際に石造物の【尊】を【真】と誤読して記載したと推測。

系図の親真と石造物の親尊は同一人物の可能性もある。」としている。

管理人は「親実・親真・親尊」どれでも構わないが、

「喪親 / 真阿(または尊阿) / 聖霊」と切り離して読むべきだという考えに変わりなく、

館報のようにあえて「系譜の親真と石造物の親尊を同一人物に釣る」必然性は無いと思っている。

あまりにも、信長出自の織田を意識しすぎの結論であろう。

管理人はまた、この石造物の正面は蓮華座に座った「妙法経」。

その向かって左側面に「正應三(1290)年二月十九日午後二時頃、亡くなった親=法名真阿(尊阿)の霊を慰める」。

その左面(裏面)に「喪に服した子が七月の吉日をもって(この妙法石塔を)建立し、内側を穿ち法華経を奉納した」と考えている。

県内の一部の研究者(【福井新聞】)である管理人は、この石塔はあくまで墓石では無く「妙法経」を納めた塔と考えている。

館報をまだじっくり見ていないが、いずれにしても平清盛のひ孫である親真と『織田氏系譜』の親實・親真(親尊と同一人物とするが、もっと考証が必要であろう)、藤原将廣と織田常松(同一人物とされているが、もっと考証が必要であろう)等々、

もっともっと確実な資料でもって十分な考察を進めないと、

織田信長公氏神の劔神社も真偽のほどが疑われかねなくなると危惧するのは、管理人一人であろうか。

【なお、このことについては、ブログ2011.10.29と2012.02.01を参照のこと】

Photo
(H24.03.03講演会で陳列された展示解説)

« 今日1万回アクセス達成。感謝、感謝! | トップページ |  博物館のHOT最前線2012の第2回に参加して »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 今日1万回アクセス達成。感謝、感謝! | トップページ |  博物館のHOT最前線2012の第2回に参加して »